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どんな”ミライ”を築きたいのか

公開日: : おっさんの子育て, ミライのカタチ




昔から、「どうして淳はそんなに生き急いでいるの?」と言われる程、いろんなモノを人生に突っ込んできたし(本人が生き急いでいる自覚は無し)、新しいモノ好きだから、新製品にしろ新しいサービスにしろ技術にしろ、時間とお金と能力の余裕がある範囲内で、好奇心そのままに手を出したりしてみてる。インターネットで繋がった世界は、欲望も才能も肥沃させて、どんどん世界が回っていく。個人主義でありながら、でも世界が”能力が高い人”のリードでヒトツになっていく感覚。ここ数年、いや十数年の人間の進化って、凄いスピードで進んでいる。そして、そのスピードが日々、加速度的に早くなってきている気がする。

技術然り。貨幣然り。価値観然り。生き方然り。

VRで現実と非現実を繋ぎ、仮想通貨で貨幣文化(制度)にメスを入れ、個人の価値観を大事にして、(一見)格差のある生き方が顕著になってきて。

 

ちょっと待て。早すぎないか?

ふと思ったのです。あれ、これってもしかしてちょっと早すぎるんじゃないか……と。

イノベーション(革新)によって、僕らの日々は格段に便利になって。海外にいながら、日本と蜜に繋がっていられるのはインターネットのおかげだし、インターネットの派生サービスのおかげで、こうやって文章も公開できているし、共感&反感の声を頂くこともできる。新しい便利なものを作るのは、人間としてとても大切なことだと思うし、その恩恵を受けている僕は感謝こそすれ非難も否定もできないし、したくない。

 

ただ、スピードが少し気になるのです。

アイディアを技術で形にし、その形のスケールを大きくして、社会に影響をもたらすだけのサービスやモノを作る。

そのプロセスには、勿論”お金”という対価があって、その対価の価値を上げる為に、スピードを重視する。中には勿論、お金という価値を考えないで進めている技術革新もあるのだろうけれど、玉石混交になっちゃっている感じを受けていて。石が悪いって言っているわけじゃなくて、スピードがそれほど必要なのか……と。

 

そして、人類は、そのスピードについてこれているのか……と。一部の処理能力が高い人だけで完結する世界で良いのか……と。

いろいろ考えてしまって。

 

「価値観が変わる瞬間」において、新しい価値観にいち早く適応できた人は利益を得るのは、歴史が証明していて。

同時に、その「歴史に残っている価値観が変わる瞬間」というのは、”結果的に”うまく言った価値観が変わった瞬間で、その他の多くの「変化の兆しはあったけど変わらなかった」という失敗の上に成り立っているものだと思っていて。

 

インターネットは世界を変えて、歴史に残って、今、この瞬間にインターネットの出現によって変化と直面している多くの事は、「変わるべきものなのか」を考えなきゃと。

 

 

便利になることによる弊害

昔は、「便利になることによる弊害なんて存在しないじゃないか」と思っていて。人類が頑張って、不便を乗り越え、技術を使って便利にする。素晴らしいことじゃないかと。

親父を亡くし、子供を授かって子育てを経験して、実は「便利になる弊害もあるんじゃないのか?」と感じるようになって。

 

たとえばA.I.

人工知能によって仕事が補佐され、人類は働かなくて良くなる世界がきたとする。

馬車馬の用に働いて苦しい人達にとっては便利なその世界も、「働くこと」によって楽しみを見出す人達にとっては苦しみの世界になる。主夫になって、「働く」ことの大切さを身に沁みて感じた経験がここにあって。

 

便利にはなって欲しいのです。

どこでもドアとかマジで欲しいし、4年近く帰ってない日本へももっと楽に帰れる様になれば最高だし。

ただ、弊害を理解しないまま、というかサービス&プロダクトの核心を理解しないまま、スピードに流されるのが良いのかなと疑問に思って。好奇心旺盛で新しいモノ好きな僕は、基本的に出来る限りの新しいものに触れてみてはいるのだけど、自戒も含めてこの文章を残そうと。

 

人間らしい生活とはどんなものなのか

 

 

もし、僕が思うように、今の技術革新の流れが早すぎるのであれば、その反動は間違いなく来るはずで。というか、僕がまだ知らないだけで、きっと世界各地で起こっているはずで。

もし、僕の心配が杞憂であれば、人間はどんどんと便利なものを追い求めていく世界に突入していって。人類が幸せになるのであれば&杞憂が杞憂として終わってくれれば、それが最高で。

 

「楽な日々」=「幸せな日々」ではないことを、僕らはどこまで理解して未来をデザインできるかだと。

便利な日々は、けっして人間らしい生活とは一致しない。

また改めて定義する必要があるけれど、僕がおもう人間らしい生活というのは、人と会話し、感情を共有し、お互いに触れ、感覚を大切にできる生活のこと。

 

便利さへの反動の動きが来る時は、きっと今のスピードの真逆のことに焦点が置かれるはず。

不思議なことに、僕が産まれて持った使命は、「刺し子」という手仕事への関わり。この技術革新とも、スピードとも、何もかもが真逆の刺し子をしっかりと見つめることが、今の僕にできるミライの築き方なんだろうなと。

 

 

*久々に推敲せずに文章を書きました。文体含めて、日本語がどんどん薄くなっている気がする……。アメリカでの子育て。失うものもあって恐怖だわ〜(笑)

*20代は、それこそベンチャーだの、イノベーションだの、上場だの……と夢を見ていた時代もありました。いろいろあって、今のゆっくりとした生活の中で、「こういう考えの人間もいるんだぞ」っていうちょっとした問題提起になれればと思っています。それなりに動いてもいくつもりです(もう服買わないことにした、等)。何が正解かわらかない世界だからこそ、動いてみないとね。ただ、個人的には、「A.I.に多くを任せる日々」は、あまり好みません。家族を思って掃除して、庭仕事して、料理して、針仕事をして。こうした手仕事の中に、幸せを感じている今があるので。

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